書籍
「ディープメディスン AIで思いやりのある医療を」
著者 エリック・トポル
監訳者 中村裕輔
訳者 柴田裕之
始めに
皆さんにはこんな経験はないだろうか?診察を受けに病院を訪れ、受付を済ませ、診察するまで待合室で待つが、多くの人が診察を待ち、椅子にすら座れない状態である。1時間以上待たされ、ようやく医者の診察を受けるが、10分もかからない程度で終わり、支払いをするのにまた1時間程度待合室で待機する。受付の棚に目をやると、紙の書類が多くあり、こんなにたくさん処理できるかという疑問も生じ、3人いる受付担当者は忙しさでイライラしているように見られた。これは実際に私が経験したことである。全ての病院がこういったことではないが、実際にこういった病院は他にもあるのではないだろうか?日本では「3時間待ちの3分診療」という言葉で揶揄されている。
本書概要
本書では医者がしっかりと患者と向き合い、深く思いやりに満ちた医療、ディープメディスン(深遠なる医療)を取り戻すためには、医療にAIを導入することがきっかけとなると書かれている。本書の中でも約46年前と比較して、医療産業は大きくなり、医師は忙しさの中で撲殺され、患者にかける時間が10分(以前は60分近くだった)になり、それが医療過誤(誤診、不要な検査や治療、問題がある検査や治療の提供)や医師の自殺等、悪いことに繋がっている。AIは厖大な個人のデータを深掘りし、適切な診断と治療を提供するだけでなく、医師に時間という副産物を生み出し、患者にかける時間を増やすことができる。
【本書の主張】
医療におけるAI活用⇨医師の時間の増加⇨共感と思いやりのディープな医療
今回本書にとっつきやすくするためにディープメディスンとAIの進歩について要約をご紹介させて頂く。
著者はAIを活用したディープメディスン(深遠なる医療)を達成するための3要素を説明している。
- ディープな表現型調査(個人のデータの様々な層について多く知ること)
- ディープラーニング(その膨大なデータを処理し、診断、予測、予防法や治療法の提供)
- ディープな共感とつながり
1) ディープな表現型調査について
個人の医療データは技術の進歩も伴い、とてつもなく膨大な量が取得できるようになる。
【取得できるデータの層
】
DNAゲノム、RNA、タンパク質、代謝産物、腸内微生物叢、エピゲノム、解剖学的・生理学的特性(健康診断で取得される結果、画像、心電図、血圧など)
これらのデータは時間軸(年齢による変化)があり、Apple watchに代表されるウェアラブル端末等による連続的なデータ取得によりデータは膨大となる。これまでの病院から始まっていた医療から、スマホやウェアラブル端末から取得されるリアルタイムのデータから医療が始まる。そこから予防や早期医療へと発展する。
2) ディープラーニングについて
医療におけるAIの機能として、以下の機能が主として挙げられる。
- 高速で画像や遺伝子配列等のパターン認識を行い、検知するデータや情報を処理し、診断する。予測する。
- 膨大なデータを処理、情報を統合し、予防法や治療法の提供する。
こういったAIの機能を使用してパターン認識や機械学習、医療アシスタント、機械視覚(マシンビジョン、自宅での遠隔モニタリング)などの技術が医療に応用できる。
本書で記載されたAIについて以下に簡潔に示す。
【AIと診断】
総合的な診断はまだAIの技術では難しいが、狭い特定の分野は人間の能力を超える。
画像の読影、病理スライドの診断、心電図の判読、音声・咳の音を処理(ストレス障害、脳損傷、喘息、結核、肺炎の診断)
【AIとパターン認識】
医療用スキャン画像の診断に関するAIが進んでいる。放射線画像(X線写真、CT)、MRI、病理診断、皮膚病変
パターン認識は注意力の欠如や誤りだけではなく、スピードも桁違いにAIの方が優れている(放射線科医2万枚/年、AI何十億枚/年)。パターン認識作業はAIに代替される分野になっている。
【AIと非パターン認識】
医療従事者の仕事は基本的にあらゆる情報(患者の診察結果、データの統合、文献情報等)から総合的に評価し、治療計画を立てることであり、単純なパターンで処理できない。総合的に評価し、アウトプットできるAIやその業務をサポートするAIの開発が進んでいる。以下に非パターン業務を行う分野のAIについて記述する。
・眼科医
眼底画像から糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫を自動検知
光干渉断層撮影の網膜組織の断面図で加齢黄斑変性症を検知
眼底画像から年齢、性別、血圧、喫煙状態、糖尿病管理、循環器合併症に関わるリスクがわかる可能性もある。その他、緑内障、白内障、アルツハイマー病の早期診断、難しい未熟児網膜症の診断が眼底画像からわかるようになる可能性がある。
・循環器専門医
心電図から心臓発作をかなり正確に診断するAI
スマートウォッチの心電図データから心房細動診断
心エコー図から冠動脈疾患診断
・がん専門医
乳がんにおけるマンモグラフィー画像解析による乳房手術回避診断
広範囲のデータ(遺伝子解析、免疫系状態の特徴付け、リキッドバイオプシー、オルガノイド、スキャン画像、生検等)があり、これらから診断、再発予測、治療法提供を行えるAI
内視鏡画像から大腸癌にかかわる微小ポリープの検出
【AIとこころ】
主に精神疾患に対するAI技術について
声、スマホのフラッピング、SNSの投稿内容からヒトの精神状態を予測。
AIカウンセラー
【AIと医療制度】
死期、疾患、再入院の予測、遠隔モニタングAI監視システム
【AIと画期的新薬】
ゲノム、プロテオミックス、クロマチンの制御予測の等の巨大データの取捨選択
例)自閉症スペクトラム障害の遺伝子検出、がんにおける遺伝子変異の検出、細胞のがん化予測、分子構造解析(毒性予測)、化合物予測
科学者の補佐としてのAI(文献調査、実験立案や実施、データ解析、論文の執筆)
【AIと個別的食生活】
血糖値をもっと狭い範囲にとどめるような食事内容提案。血糖値の急上昇予測。
血糖値変動の要因解析
【AIと医療アシスタント】
Siriやアレクサのようなバーチャルアシスタントを医療に応用したものがイメージしやすいかもしれない
医療AIコーチ 人間が自律的に健康を維持できるようにサポートする
最終的な形態は個人のデータを絶え間なく収集し、継続的にアップデートし、それを生物医学のありとあらゆる知識と統合し、フィードバックとコーチングをするバーチャルアシスタントとなる。
3) ディープな共感とつながりについて
医療産業が大きくなり、医師はあまりにも忙し過ぎる。そのため、患者が医師と過ごす時間は減る一方であり、今日の医療の問題は思いやりの欠落である。
それを解決する機会としてAIがあり、機械が賢くなり、効率が上がり、仕事の流れが良くなれば、医師自らふさわしい任務を担い始めれば、人間的に思いやりを持った余裕が生まれる。その余裕を持って医療が真にディープになるために、医師がやるべきことは患者に対する考え方や患者との接し方に変化を起こすことである。
本当の医師はたとえ何があろうと寄り添ってくれる、私は大丈夫なのだと信じる気持ちを提供してくれる。私たちが病気の時に必死に求めるものは人間的な思いやりに満ちた医療である。その変化や考えの根底にAIによる技術革新とそれがもたらす時間がある。
読了後のコメント
これは医師に限らず、他の業種の人にも当てはまるのではないだろうか?雑務に囚われ、その業種の本質的なところに取り組めないことはないだろうか?医師に近い職業として、研究者も同じ状況なのかもしれない。昨今、日本の科学技術力が低下が叫ばれているが、アメリカとの研究環境の違いもその一因としてあるようだ。アメリカでは実験動物の世話、器具の洗浄、研究資材の購入など、研究を支援してくれる大勢のスタッフがいて、研究者は自身の研究に集中できる環境が整っている。本質的な仕事に取り組めることは重要であり、そのサポートが人でもあり、またAIも強力なサポートになり得る。本書でも科学者の補佐としてのAIの話もあり、AI発展の先には本質的な仕事に取り組めるようになる人類の進歩があるのかもしれない。
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